終戦から67年 英霊に顔向けできるか 平和と繁栄守る「強い国家」を


終戦から67年 英霊に顔向けできるか 平和と繁栄守る「強い国家」を
2012.8.15 03:16 [主張]
 終戦から67年を迎えた。日本の「国家力」が今ほど問われている時はない。日本固有の領土に対し、周辺国は挑発と野望を日増しにあらわにしている。日本はなすすべもないとみているからだ。戦後の国の体たらくを象徴的に物語るのは遺骨収集問題である。

 「戦友の遺骨をなんとしても日本に持って帰りたい。このままでは死ねない」。97歳の元陸軍少佐は悲痛な面持ちで語った。

 「ジャワの極楽 ビルマの地獄 死んでも帰れぬニューギニア」といわれた苛烈な東部ニューギニア戦線に赴き、第18軍下の第51師団参謀として約2年を過ごした堀江正夫さんだ。戦後、陸上自衛隊を経て、参院議員を務めた。

 ≪遺骨収集は国家の責務≫

 この地に投入された16万人のうち、8割にあたる12万7600人が亡くなった。補給は途絶し、将兵は飢餓と過酷な自然環境とも戦い、倒れた。17回現地入りした堀江さんは「まだ手付かずの地域が多く、遺骨は散乱している」と話す。現地に残された遺骨は約8万人を数える。ニューギニアだけではない。外地などで戦死した邦人の半数近い114万人の遺骨がいまだに放置されている。

 国のために命を捧(ささ)げた人たちの遺骨を収集して祖国に帰すことは、国家として最優先される責務だ。それが果たされていない。

 なぜか。遺骨収集は旧陸軍、海軍の両省が担っていたが、解体に伴い、旧厚生省(現厚生労働省)が引き継いだ。だが、国は省令に遺骨収集を明記することなく、残務整理の域にとどめた。

 米国は「すべての兵をふるさとに戻す」を合言葉にJPAC(戦争捕虜・行方不明者捜索統合司令部)を設け、日本の10倍の400人が捜索や遺体鑑定に総力を挙げている。彼我の差は大きい。

 遅きに失するが、国家として帰還のための基本計画を法制化すべきだ。米豪軍との協力も必要だ。時間はもはや残されていない。

 問題の根幹には、戦後日本が遺骨収集や慰霊に目を向けようとしなかったことがある。昭和23年、旧文部省(現文部科学省)はGHQ(連合国軍総司令部)の指令を踏まえ、国公立の小中学校による神社仏閣への訪問を禁止した。翌年には事務次官名で「靖国神社、護国神社、戦没者を祭った神社を訪問してはならない」との通達を出した。これはサンフランシスコ講和条約発効に伴い失効したが、文科相が失効を公式に表明したのはなぜか4年前にすぎない。

 60年間、児童・生徒が戦没者慰霊から遠ざけられてきた。これでは遺骨収集や英霊への関心と敬意が育つはずがない。同時に、過去と未来をつなぎ、英霊が守ろうとした家族や郷土、さらには祖国の大切さを語り継ぐ努力も忘れ去られたのではないか。

 ≪60年遠ざけられた慰霊≫

 だからこそ、国家に向き合おうとしない戦後日本の国のあり様(よう)を速やかに改めねばならない。声高に叫ばれている原発ゼロ、米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイ配備反対についても一体何をもたらすのか、国家的視点はあるかと。

 前者は電力供給の不安定化と電気料金高騰による経済の失速を招く。東日本大震災の被災地を復興させるためにも力強く、活力に満ちた日本経済を堅持すべきだ。

 オスプレイは尖閣諸島の守りを強める。尖閣沖の漁船衝突や中国公船による領海侵犯を踏まえれば、日米の共同防衛を柱に抑止力を強化しなければならない。

 当たり前の国になるのを妨げているのが現行憲法だ。非常事態への備えの欠落や諸国民の公正と信義に自国の安全を委ねては国家は成り立たない。周辺国も国家力の弱さにつけこんでくる。李明博韓国大統領の竹島上陸強行もその例だ。本紙の「国民の憲法」起草委員会は、来年に向けて新たな憲法の要綱づくりを進めている。

 平和と繁栄を守り抜く強い国家づくりが核心部分だ。国民の心を一つにして国を立て直したい。

 堀江さんは15日、靖国神社を参拝する。終戦の翌年、上官だった第18軍司令官、安達二十三(はたぞう)中将が、戦犯の容疑を豪州軍にかけられ、連行される直前に行った最後の訓示が脳裏から離れない。

 「国家再建に邁進(まいしん)せよ。自分に代わって遺族、英霊の慰霊を頼む」。日本の平和と繁栄の礎になるとして散った英霊に顔向けできる国になったのか。堀江さんの思いと鎮魂の祈りは重く、深い。